萌豚日記

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君の名は。 Another Side:Earthbound に見る宮水神社の背景

君の名は。」のスピンオフである「 Another Side:Earthbound」。 

その第4話では三葉の両親の馴れ初めが語られるのですが、ここで二人の会話から宮水神社の由来や神社に伝わる伝承についても言及されます。本記事ではその内容について考察を行っております。何の学術的根拠もない駄文ですので、そういった非建設的なお話がお好きでない方はお読みにならないことをお勧めします。

また、当然ですがスピンオフを未読の方はネタバレにご注意ください。

 

倭文と和歌

三葉の両親が交わす会話から、宮水神社の祭神が倭文神・建葉槌命(タケハヅチノミコト)であると明かされました。宮水神社の祭神が倭文神であることで、瀧くんが受け取った組紐を腕輪にしていた理由がなんとなくですが予想がついてきます。

倭文というのは日本古来の織物を指す言葉で古典にはしばしば登場するのですが、万葉集にも倭文を用いて読まれた歌が十首程度存在します。新海監督は「言の葉の庭」でもお馴染みの通り万葉集に精通された方ですので、以下のあたりの和歌がモチーフになっているかもしれません。

 

しつたまき 数にもあらぬ我が身もち 如何でここだく 我が恋ひわたる

安倍虫麻呂 万葉集第四巻六七二

 

たまき(手纏)とは腕輪のこと。粗末な腕輪のように大したことのない自分が、なぜあの人をここまで恋しく思い続けているのだろうか、といった意味の歌。倭文神への祭祀として編まれた組紐を、作中で腕輪とした由来はここからではないでしょうか。虫麻呂は身分の違いによる届かぬ恋を憂いてこの歌を詠んだ訳ですが、時間と距離に引き裂かれた瀧くんと三葉を思うと、どこか虫麻呂の恋と通じるものを感じます。

 

伊勢物語にも過去の関係を今一度、といった意味で歌われた次の歌があります。

 

古の しづのをだまき 繰りかへし 昔を今に なすよしもがな
在原業平 伊勢物語三二段

 

静御前本歌取りされた有名な歌。昔の織物の糸を巻きとった苧環から糸を繰りだすように、昔を今に繰り返す方法はないものか、といった意味の歌です。こちらは糸守を訪ねた瀧くんの思いの代弁としてはこれ以上ない歌でしょう。

このあたりの和歌から構想を広げていった結果、宮水神社の祭神を倭文神と設定するに至ったのかもしれませんね。

 

祭神と申立の謎

スピンオフでは三葉の父である俊樹から、「繭吾郎の大火で焼失した本来の祝詞(作中では申立)に代わって借用した祝詞が出雲系であることから推察するに、元来糸守の人々が信仰するのは天香香背男(アメノカガセオ)であったが、彗星の落下により星神である天香香背男への信仰を捨て、かの神を征服した建葉槌命を信仰するようになった」という仮説が提示されます。

それに対し、母・二葉からは「古来より宮水には機織りの祭祀があった」こと、つまりは隕石落下以前より建葉槌命が祭神であったことが暗喩されます。

スピンオフ第3話においても四葉に語り掛けた宮水のご先祖様が「宮水は倭文神の末裔」と明言することから、彗星落下以前より天香香背男が祭神であったことは説明がつきません。

 

ではなぜ宮水神社で用いられる祝詞が出雲系なのか。スピンオフを通してもこの真相は語られないままなのですが、非常に興味深い話でしたので宮水神社の祝詞の由来について考察してみたいと思います。

そもそも日本書紀では天香香背男は天津神として扱われておりますので、「まつろわぬ神としての性質から祝詞が出雲より借用された」とする俊樹の説明にはどうも違和感があります(ご神体が天香香背男を暗示する”龍神”山なので、かの神が畏怖される対象であるのは確かか)。では何が出雲と宮水神社を結びつけるのでしょうか。

ここで祭神である倭文神に注目すると、伯耆の国にも倭文神を祭神とする倭文神社が存在します。こちらの神社では倭文神と共に下照姫命(シタテルヒメノミコト)という神を祀っておられますが、下照姫命は出雲大社の祭神・大国主の娘であり、機織りの衰退した当地において大正時代までは倭文神社主祭神だと考えられているほどでした。

つまりは申立焼失のため、宮水と同じ倭文神の末裔が創建した倭文神社から祝詞を借用したが、当時の主祭神は下照姫命であったために借用元の倭文神社では出雲系の祝詞が使用されていた。

上記は宮水神社と伯耆倭文神社を結びつける必要性が感じられなかったため再考察しました(9月7日追記、修正)。

やはり出雲系の祝詞が天香香背男に向けたものであるとし(天香香背男が天津神であることはこの際無視します)、天香香背男を指すであろう”龍神”山がご神体であることを考えると、宮水神社は表向きとしては倭文神を祀る一方、裏の面として天香香背男を祀っていると考えられます。

ここから想定されるのは以下のような出来事です。

1200年前、古来より倭文神を祀る糸守の地に彗星が落ち被害を生む。これを鎮めるために隕石の一部を中心とし山全体をご神体とする、つまり天香香背男を同時に祀る。この時、祝詞も国譲りに抵抗する神・天香香背男を鎮めるためのものとして出雲系のものを取り入れた。祝詞は諏訪において建御名方神タケミナカタノカミ、国譲りに抵抗した神であり天香香背男と同一視されることがある)に対して奏上するもののように「申立」と呼称するようになり、奉納する織物も蛇や龍を模した紐状のものとなった。しかしながら表向きとしては日本書紀の逸話通り、当地において天香香背男を倭文神が征服したこととし、建葉槌命を祀る。

これが、宮水神社に出雲系の祝詞が流入した真相ではないでしょうか。

 

 余談

建葉槌命と天香香背男の登場から思い出したのが、2004年に発売された和風伝奇ADVのアカイイトです。詳しくは紹介しませんが、「アカイイト」もまた日本神話をモチーフとしたADVであり、作中でこの二柱が重要な要素を果たします。

君の名は。」では天香香背男の「カガ」について「蛇」の意との解釈をとっているようですが、このあたりも「アカイイト」を彷彿とさせるところでした(一般に天香香背男の「カガ」は「輝く」の意)。「君の名は。」におけるこういった日本神話的バックグラウンドがお好きな方は是非とも「アカイイト」をプレイすることをお勧めします。

また、宮水神社では天香香背男を蛇から転じて龍とみなしているようですが、ティアマト彗星のティアマトもまた、蛇または龍の姿で描かれることのある神です。某ゲームの某宝具で天地乖離された方として有名ですね。細かいことを言ってしまうと本来の彗星の命名規則から外れた名前ですが、一貫して彗星を龍神として描写していることが分かります。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。スピンオフで語られた種々の設定は、映画の主題であるボーイミーツガールとは関係のないもののためか本編ではほとんど語られることがありませんでしたが、調べてみるとなかなかどうして非常に細かな設定が成されていることが分かります。このような神話を基にした細かい設定も「君の名は。」の魅力を高める一要素になったのではないでしょうか。

 

<了>